ポリティカル・サスペンス映画の傑作、コスタ・ガブラス監督の「Z」

 1970年前後は政治的季節だったわけですが、そんな時代を象徴するような映画です。

 昭和45年(1970年)に日本公開された「Z」(1969年フランス・アルジェリア合作映画)。みゆき座のプログラムの表紙です。

 某国での政治的暗殺事件を描いた映画ですが、現実にギリシャで起きた政治家の暗殺をモデルにしており、当時のギリシャ軍事政権の圧政に対する告発でもありました。そんな政治的主張を持った映画ですが、エンターテイメントとしても面白く、ポリティカル・サスペンスという分野をつくった映画でもあります。政治性とエンターテイメント性が融合した傑作です。「刑事コロンボ」などと同じように倒叙法で、軍部・右翼による左派政治家の暗殺の真相が暴かれていく筋立てで、このあたりは同じ暗殺映画でも「ジャッカルの日」とは異なります。

 表紙の男性は、暗殺される政治家を演じたイブ・モンタンです。カリスマ性のある反体制政治家に合っていました。

 で、表紙を開きますと...

 コスタ・ガブラス監督からのメッセージが出ています。ガブラスギリシャ生まれです。

 続きまして、スタッフ・キャストと解説...

 撮影は「勝手にしやがれ」をはじめゴダール映画を撮ってきたフランスの名カメラマン、ラウール・クタールです。ドキュメンタリータッチの緊迫感溢れる映像でした。

 そして、映画の背景となっている現実の事件について...

 モデルとなった暗殺された政治家は、ギリシャグレゴリオス・ラムブラキズ。事件の後、街には抗議活動として「Z」の文字が書かれたそうなうですが、これは古代ギリシャ語の「ZEI」、「彼はまだ生きている」を意味していた、とのことです。タイトルの「Z」は、これに由来しているわけです。

 さて、主要キャストの紹介です。

 イブ・モンタンはフランスを代表する歌手にして俳優、イレーネ・パパスは「ナバロンの要塞」や「その男、ゾルバ」にも出ていたギリシャの女優ですが、この映画で最も印象的だったのは、事件を暴いていく予審判事を演じたジャン=ルイ・トランティニャンでした。弱々しいようでいて、自分の仕事は全うする硬骨漢という儲け役でもありました。もっとも、首謀者たちを起訴するものの、最後は軍事クーデターが起きて、大逆転、悪が勝つという落ちがつくテレビの「半沢直樹」みたいな話になってしまうわけですが...。

 主要キャストの続きです...

 フランソワ・ペリエもレナート・サルバトーリも、フランス映画を語る上で、欠かせない名脇役です。でも、このページでの注目は左端のジャック・ペラン。「ロシュフォールの恋人たち」やら「ロバと王女」やら、甘いマスクの王子様のようなイメージの人でしたが、この映画では、事件を追跡するジャーナリストを演じると同時に、製作者としても名を連ねていました。1970年前後は、不正に対する反抗が時代の精神(空気)にもなっていたのですが、ジャック・ペランも時代の子だったのですね。

 次はスタッフの紹介...


 
 撮影のラウル・クタールラウール・クタール)は既に触れましたとおり、ヌーベルバーグを代表するカメラマンです。音楽は、「その男ゾルバ」で知られるギリシャ人のミキス・テオドラキス。「Z」の音楽は出色でした。テオドラキス本人も左派としてギリシャ軍事政権によって監禁されていたそうですが、そのテオドラキスの伝統的なギリシャの調べがあって「Z」はさらに印象的なものになっています。

 で、左ページにあるのは、映画の最後、クーデターを起こした軍事政権が禁止したもののリストです。ここにも時代の空気があります。当時の右翼的体質を持った国家が嫌悪したもののリストといってもよく、長髪であるとか、ピンター、ポップスなども入ってくるわけです。

 最後に裏表紙...

 ここはもうシンプルに「Z」。彼はまだ生きているというメッセージです。

 傑作だと思うんですが、既に政治の季節は終わり、ポリティカル・サスペンスは遠い世界となったのか、エンターテインメントでも「重い」と思われているのか、それとも欧州が「遠い」のか、DVDは10年ぐらい前に出たままになっているようです。

Z [DVD]

Z [DVD]

 みゆき座は東京・日比谷の映画街で、主に女性映画を中心としていた映画館でしたが、こうしたポリティカル・サスペンス映画がそこで上映されていたこと自体、1970年という時代だったのかもしれません。この映画、反米集会のデモの最中に右翼に殺されてしまう左派政治家の映画って言い方もできるわけで、そうなると今ではDVDでさえ敬遠されがちですが、当時は世界でヒットして、日比谷でロマンス映画の合間に公開されていたんですから、やっぱり時代だったんですねえ。