昭和13年、日米開戦3年前、日本の男子たちはセクシーなドロシー・ラムーアの映画を見ていた

 戦前の武蔵野館が出していた「MUSASHINO NEWS」の表紙です。

 南海モノといった風情です。セクシーな女性はドロシー・ラムーア。映画は1937年製作、日本では1938年(昭和13年)公開の「ハリケーン」です。昭和13年といえば、日米開戦3年前なのですが、日本の男子たちは、露出度の高い米国女性の映画を見ていたんですね。

 表紙を開きますと...

 右ページの映画の宣伝でクローズアップされているのは、当時の米国少女のシンボルにして世界のアイドル、シャーリー・テンプル。「ハイデイ」は「ハイジ」。テンプルはこの映画でアルプスの少女、ハイジを演じています。こちらも1937年製作、ウィキペディアによると、公開は1939年(昭和14年)1月。開戦まで3年足らずの時期です。そのころまで米国映画は人気があったわけです。

 ページをめくると...

 戦前の映画館のプログラムは、表紙は次週公開作ということが多いのですが、武蔵野館の場合は公開している作品が表紙になっています。で、「颱風(ハリケーン)」、西部劇の巨匠、ジョン・フォード監督の映画です。ジョン・フォードは開戦とともに海軍に志願し、戦争をフィルムに記録しました。本人も「ハリケーン」を撮った時にはその後、太平洋を舞台にミッドウェイ海戦のドキュメンタリーを撮ったり、「コレヒドール戦記」をつくることになろうとは、想像もしていなかったでしょう。

 さて同時公開は「踊る水兵さん」。水兵さんは日本でもドイツでもなく米国の水兵さん。3年後に真珠湾攻撃で米国の水兵がどうなるかなどとは誰も考えなかったんでしょうね。時代は動き出すと、恐ろしく速いものです。

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 右ページで紹介されている映画は「潜水艦D1号」。ちょっと戦時色を感じます。宣伝文句にいわく「壮烈! 海洋男性巨編! 全編これアクション! クライマックスの連続」――おお、という感じです。最初、ドイツの映画かと思ったら、右下にワーナーブラザーズのロゴ。ということは...。「最新型潜水艦ドルフィンを初め戦闘艦・巡洋艦駆逐艦航空母艦・海軍機あらゆる合衆国軍艦総動員!!」。あ、USネイビーだった。

「うーん」と、ここで考えてしまうわけです。昭和13年です。真珠湾攻撃の3年前、米国と戦争になるなどとは庶民は本気で考えていなかったんですね。そうでなければ、この映画を、この宣伝文句で見ることなど考えられませんから。ミッドウェー海戦で米海軍に惨敗を喫するのは1942年(昭和17年)6月、この後5年も経っていません。

 一方、左ページは「ボッカチオ」。UFA(ウーファ)ですから、ドイツ映画。1935年の製作です。ドイツもポーランドに侵攻し、第二次世界大戦が勃発したのは1939年。ドイツにしても開戦4年ぐらい前には、こんな喜歌劇を楽しんでいたわけです。やっぱり時代の流れというのは怖いものです。あっと言う間に風景が変わってしまうのですね。

 裏表紙です。

 ヘチマコロンの広告ですから...。既に中国とは戦争になっていたわけですが、戦争の匂いはあまりしません。戦時一色ではなかったのでしょう。女性は「S・S・K 目白乙女」。SSKは松竹少女歌劇団です。

 日独伊三国同盟は1940年、大政翼賛会も1940年。映画館、特に洋画を中心とした映画館で見ると、1930年代までは日本もどちらかといえば、米国カルチャーが好きで、大正リベラリズムの雰囲気が残っていたような気がします。このあたりは昭和という年号で考えるよりも、西暦の30年代と40年代で線を引いたほうが時代の空気の変化がわかりやすいのかもしれません。

 さて、「ハリケーン」はジョン・フォードの映画ですから、DVDに残っています。

ハリケーン ?IVC BEST SELECTION》 [DVD]

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 そして、ジョン・フォードは40年代になると、こうした映画を...
ミッドウェイ海戦/ドキュメント真珠湾攻撃 [DVD]

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コレヒドール戦記 [DVD]

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「ハリケーン」と同時上映の「踊る水兵さん」はアマゾンでは見つかりませんでした。
 シャーリー・テンプルの「ハイデイ」は輸入版はありました。VHSですが...。
Heidi [VHS] [Import]

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