寅さんの前は、トシだったーーアフリカ長期ロケを敢行した渥美清主演、羽仁進監督の「ブワナ・トシの歌」

 「フーテンの寅さん」で国民的キャラクターとなった渥美清さんですが、「男はつらいよ」シリーズだけの人ではありません。1965年(昭和40年)には、こんな意欲作にも出ていました。

 羽仁進監督の「ブワナ・トシの歌」。有楽町にあった映画館、ニュー東宝のプログラムの表紙です。表紙を見れば、わかるように舞台はアフリカ。しかも、何と5カ月の長期ロケで作った映画です。2009年公開の「沈まぬ太陽」もアフリカ・ロケで話題になっていましたが、その40年以上前に、アフリカ現地ロケを敢行した劇映画があったわけです。プログラムのほうも、表紙を開くと、その話になります。

 文章では「1954年7月初旬より11月末まで」とありますが、1965年の映画なので、「1954年」は「1964年」の誤りでしょう。で、その1964年は東京オリンピックの年です(10月に開催)。日本中がオリンピックに沸き立っている時に、遠くアフリカで映画をとっていたいわけですねえ。大したものです。しかも、この映画がすごいのはキャストです。

 日本人の主要キャストは、渥美清と下元勉だけ。あとは現地の人を起用したドラマだったわけです。アフリカを舞台にした劇映画をアフリカ現地オールロケでつくる。今以上にグローバルで、アグレッシブな映画作りの時代だったのかもしれません。渥美清演じる「トシ」は国境を越え、グローバルに旅していたわけです。寅さんを超えた存在だったかもしれません。

 羽仁進監督の初期の代表作のひとつであり、渥美清にとっても記憶されるべき映画だと思うのですが、アマゾンを見ると、DVDはもちろん、VHSも出ていないようでした(とはいえ、1960年代の映画ですから、今から見ると、アフリカに関する不適切な描写・表現などがあるんでしょうか。そういう感じの映画ともあまり思えませんが)。忘れられた幻の名作の仲間入りでしょうか。

 一方、この作品の原作である片寄俊秀氏の本はアマゾンにありました。

 ちなみに、映画のシナリオを書いたのは羽仁進と清水邦夫でした。